コラム

水飴の話 -その4

 

水飴の性質や使用についてこれまで書いてきましたが、以前、日本にお砂糖が伝来する前から水飴は日本国内で使われていたという話を聞いたことがありますが、現在では普通に使われている水飴がいつごろから日本では使用されていたのでしょうか?大変興味がわき調べてみました。
はっきりとした事は今もわかっていませんが、文献上は神武天皇が大和の国を平定した際に「大和高尾」の地で『水無飴』を作ったという記載が「日本書記」の「神武記」にある事が確認されています。
一応、御存じない方に・・・神武天皇といえば、日本神話に登場する初代天皇で、即位された紀元前660年2月11日の日が日本が建国された日と比定され、明治時代に紀元節として定められ祝日としていましたが、昭和42年に建国記念日として改められました。

『われ今まさに八十平瓮をもちて、水無しにして飴を造らむ』

『日本書記』は神話ですので、神武天皇の時代(紀元前7世紀)については不明とされていますが、同書が編纂された720年(養老4年)には既に水飴は存在していたそうです。
また、正倉院に収蔵されている古文書に「阿米(あめ)」という記載があり、飴を意味していると考えられていて、8世紀前半には日本で飴が作られていた事を示しています。
当時も米を原料にしている点は現在の麦芽水飴と同じですが、製法は全く違っていたようです。
お砂糖よりも遠い昔から使われていた水飴は、日本の食の原点かもしれません。

三温糖
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